母の日。

今日は母の日。

私の母にはGWに帰省した時に
主婦の友しまむらでチョイスした服を渡しておきました。
社交ダンスをやってたり、たまに演劇みたいなのを見に行くこともあるようなので
ちょいとこじゃれた感じのシースルーの薄い紫色のジャケットを。
ま、しまむら価格なのでお手頃でした(^^)


そして私も母の日ということで、
恒例、幼稚園で作成した母の日のプレゼントを
金曜日にはるぼうからもらいました。
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はるぼう照れくさく、寝たふり(笑)



このボトルの中に、手書きした絵が入っていました。
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去年までは顔をバーンと描いただけだったのに
今回は「お母さんの風景」を描いたらしい。
左側に洗濯ものを干していて(黄色い布ばかりだ(笑))
赤とピンクの花にホースで水をあげているらしい。
きちんと茶色い土を描いてたり青空と太陽を描いてあるのはいいが
お母さんの髪の毛がない(爆)
ま、まつげが10倍増しなのでいいとするか。
この2年私は髪を茶色にしているので
はるぼうが描くお母さんの顔は髪の毛がいつも茶色だったりするが
そろそろ黒に戻そうと思ってたりする今日この頃。
痛んできたのよねー。




メッセージ。
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水色の色鉛筆で書いてあるので見にくいけど
「いつもありがとう」と書いたらしい。
でも、実際には「いつもおりがとう」と書いてある(笑)
ひらがなの書き始めって「あ」が難しくて
「お」と書いてしまうことがよくあるらしい。
最近ひらがな書く練習さぼってるからな・・・





そして今日、はるぼうに欲しい物を聞き込み調査をされて
リクエストしたものをダンナとはるぼうで出かけた後
プレゼントとして買ってきてくれました(^^)
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主婦の必需品エプロン。
昔は使わなかったけど、料理したり、洗い物をした時に服が汚れるのが嫌で
家にいる時はつけてることが多くなりました。
今使ってるエプロンはこの家に越してきたばかりの時に買ったものだから
4年も愛用してたけど、穴があいて来て、アイロンプリントでカバーしたりしてました。
でも更に破れてきてたので、もう限界を感じてたのよねー。
かと言って、服を買う優先順位としては低いのでそのまま使ってました。
これからはこのnewエプロンを大事に使いまーす。



あと、手書きTシャツとバック。
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模様は最初からプリントしてあって、色を布用クレヨンではるぼうが塗ってくれました。
愛息子手作りTシャツとバックのできあがり~♪
さすがにこれでお買い物には行けないので
お家用として愛用させていただきまーす(^^)
ダンナ、はるぼう、ひよりん(昼寝中)ありがとねー。



来年はとうとうひよりんが幼稚園デビューだから
これまた母の日の絵が楽しみになります♪
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by say-na | 2012-05-13 17:59 | 南アLife

前日は湯本温泉に泊まっていたので
翌日は近くのいわき市石炭化石館に行きました。
今は愛称がついて「ほるる」とも言うらしい。
はるぼうは去年から恐竜ブームなので、ふと故郷にある石炭化石館を思い出し
機会があったら連れていきたいと思っていたのよね。
昭和59年(1984年)にオープンした当時、私は9歳。
1、2年後に家族で見に行ったけど、
知る人ぞ知る、地下にある模擬坑道(炭鉱)が強烈で
化石を見た記憶があまりありませんでした(^^;
子供心に「対しておもしろくもない」という印象を抱き続けていたので
その後見に行く事はなく、実に20数年ぶりぐらい経っていたのでした。

そして、宿をチェックアウトする時、フロントの方に
「今の時間、石炭化石館はもう開いてますか?」と訪ねたところ
「ええ、開いております」という普通の(そりゃそうだ)回答を得ました。
雨の中、ダンナが旅館前に車を回すのに時間があったので
「山梨からここに来ましたが、実は私はいわき出身なんです。
今回2年ぶりの帰省で震災後は初めて帰ってきました。
石炭化石館は子供の頃に行った以来で・・・」
なんてこちらから話をしたら、
「ほー!そうなんですかぁ!震災直後はご実家と連絡が取れず、心配されたでしょう。
石炭化石館はリニューアルしたので中がだいぶ変わりましたよ!」
と、堅い印象だったフロントのおじさまの表情が緩み
親しげな雰囲気に変わりました。
Y高出身なので昔はこの辺りもよく来たとか
日帰り入浴はしたことがあるが泊まるのは初めてだとかいろいろ話し、
フロントの方も帰る間際まで笑顔で見送ってくれたなぁ。
なんか地元トークができたおかげで、宿の方とも距離が縮まったように感じました。



さて、石炭化石館は宿から車で5分もしないで到着です。
ほんっと、久しぶりすぎて、展示内容も全然覚えてないけど
大人630円、小学生以下の子供は無料で、いざ入場。
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ロビーでは、フタバサウルス・スズキイがお出迎え。



2006年までは「フタバスズキリュウ」という名で親しまれたこの首長竜は
映画「どらえもんのび太の恐竜」の「ピースケ」のモデルになっております。
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私が生まれて初めて映画館に行って見た映画。
当時5歳だったが泣けた・・・
はるぼうも借りてきたDVDで泣きながら見ていたのが心の成長を感じました。



そして、なにを隠そう、このフタバスズキリュウは1968年にいわき市で発掘されたのです。
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日本で初めて首長竜が発見されたことと
当時、高校生だった化石少年が発掘したことで話題になったそうな。




1階展示室。
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うわー、心躍るこの展示室、なにこれ。
一般的な明るい展示室と違い、室内は暗くしてあり、
スポットライトで化石を浮かびあがらせる演出が迫力を感じる。



草食恐竜のマメンチサウルス、でっかーい!
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肉食恐竜やトリケラトプスもいます。
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時々、照明が落ちて、恐竜の足音や風の音が響き渡ったり、
天井をビームで照らしたプテラノドンやアンモナイトが飛んだりする演出に
はるぼうは喜び、ひよりんはびびる(笑)
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おー、明らかに昔と展示方法が変わっている!
なんでも2年前にリニューアルしたとか。
そして1年後の震災で展示した化石も衝撃を受けしばらく休館していたが
昨年7月、再開したとか。よかったよかった。



首長竜関係はこうして頭上を泳いでいる展示方法がいいね!
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首から背中にかけての流線形の美しさをどうバランスをとって吊るしているのか
展示した側の技術もあっぱれ。



恐竜のフンの化石。
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フンも化石になれば価値があるんだな。



こちらは恐竜の卵の化石。
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ひよりんが「たまご、いいこいいこ~」
となでています(^^)



アンモナイトの化石もあって、これも触れます。
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アンモナイトもいわきで発掘されたらしい。
そういえば、昔、小学校の裏山の地層から貝の化石が取れたり、
広野町近くまで行った時は鮫の歯の化石を発掘したことがあるから
いわきって化石の宝庫だったんだな。




2階の化石標本室を見た後は、
エレベーターで下り、模擬坑道へ向かう。
エレベーターからして地下に潜る演出がしてあって、なんか緊張感が漂う・・・
これは子供だけで行ったら恐怖だな。
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撮影禁止なのでこれ以上は写真がありませんが、
地下の炭鉱を再現してあって、石炭採取の風景を時系列で並べてあります。
それが薄暗い炭鉱の中でいきなり人形が動き、訛ったいわき弁を話すものだから
ほんと、子供だけでは怖い。。。
改めて、私が子供の頃石炭化石館に来て、
ここの記憶だけが残っている理由がわかりました(笑)
きっとそれまで見てきた化石の記憶がみんなぶっ飛んだのね。


20数年ぶりに来たけれど子供と一緒ということでまた違った見方ができて楽しめました。
大人だけで来ても楽しいかも。
子供の頃はちゃんと読まなかった化石の説明文もちゃんと目を通すことができるし。
特に男性は一度は化石や恐竜にはまった少年時代があったはず♪



その後、大雨の中、GW中なのにガラガラに空いてる常磐道を南下し
突然訪問の約束をした茨城のLynne家に向かったのでした(^^)
マイホーム、ブログでは見てたけど本物はもっと素敵だったわー♪
奥様も5年ぶりぐらいに会いましたが
この夫婦はほんと美女と野獣だな、と思いました(笑)
お土産にリンリンの宝物、ザクをたくさんもらいました(笑)
今度はまた我が家に遊びに来てくださーい。



またまたその後は千葉の旦那姉宅へ。
山梨にはまだ帰りませーん♪
甥っ子はもう中3、小6になっていて背は私よりも大きくなっていました。
1年会わないだけで子供って随分成長するなぁ。
夕飯はダンナの厄入りと子供の日のお祝いってことでお寿司をいただきました♪
はるぼうとひよりんも自分家のように走りまわってはしゃぎ、
ゆっくりくつろがせていただきました♪
いわき帰省は実質2泊でしたがここで3泊目となりまーす(^^)v




*後日追記*
そして翌日は近所の小学校の校庭で遊んだり鳥小屋を見たりして
午後山梨に帰宅したのでした。
今回は2年ぶりの帰省を果たし、胸のつかえもとれた感じで
なんかすっきりしました。
でも瓦礫の山を見た時は現実を突きつけられ、
やはり余力のある他自治体の瓦礫受け入れは必要だなぁと思ったのでした。
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by say-na | 2012-05-10 14:14 | おでかけ

さて、2日目前編で塩屋崎灯台とその周辺に行きましたが
その後江名を経由して小名浜の祖母宅に行きました。
私の実家は今は小名浜になく平で、母と兄だけが住んでる狭い公営住宅なので
家族4人で帰省する時はいつも宿に泊まり、
祖母宅で母達と合流することが多いです。
祖母は今年92歳(たぶん)になるのと、昨年足を骨折してしばらく入院してたので
体はもう大丈夫なのか心配でしたが、
いつもと変わらない和やかな雰囲気をたたえて迎えてくれました。


ここに来たら、挑戦しようと思っていたこと。
それは、はるぼうの床屋デビュー!
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祖母宅は同居している伯父伯母が家の一角で床屋さんをやっているのです。
私も子供の頃髪の毛を切ってもらったなぁー。
はるぼうは1ヶ月前にダンナに坊主にしてもらったけど
ところどころ長かったり短かったりだったので
一度プロにきれいに仕上げてもらおうと思ってたのよね。



はるぼうも一度床屋さんのイスに座ってみたかったらしいので
おとなしく座って頭を刈られてます(^^)
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逆光あびて、まるで大仏様みたい(笑)



床屋ということで、おとーさんに付き添っててもらいましたが、
たまに覗き見してみる母と妹(笑)
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「おにーちゃん、あたまちょきちょきしてるねぇー」
と、ひよりんが言っていました(^^)



そしていっちょ前に顔も剃ってもらう。
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はるぼうは日焼けのダメージを受けやすいので、頬はやめてもらって
おでこと耳の周り、うなじを剃ってもらいましたが
生まれてからの5年間、産毛を剃った事がなかったのでさぞや大量だったことでしょう・・・



最後には頭を洗ってもらい、きれいな丸米味噌の少年ができあがりました(^^)
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その後、合流してきた母と兄も含めてみんなでお寿司を食べ、
私だけダンナと子供達を置いて外出・・・!
実は、この日の午後、高校時代の友人ミカと会うことになっていたのだー!
去年の震災直後、支援物資を送ったりメールや電話をよく交わしていたので
帰省した時にはぜひ会いたいと思ってたのでした。
他の友達にも連絡したけど、やはり平日ということで、みんな仕事で都合が合わず残念。
待ち合わせは昨日行ったばかりだけど小名浜港のららみゅう♪
祖母宅は昔私が住んでいた元実家と近いので
行く途中は子供の頃遊んだ公園を通ってみたり、
友達の家の前やよく行った酒屋兼駄菓子屋さん、小児科、
高校時代のアルバイト先など昔を懐かしみながらゆっくり車で通りました。
独身時代のバイクで帰省してた頃は、時間があったくせに
こういうところを気にかけて見ようとも思ってなかったなぁ。
いざ結婚して、子供ができて自由に動けなくなると
「あそこはどうなったのかなぁー」なんて思い出したりする。
子育てをしていると、よく自分の子供時代を振り返ることが多くなったから
郷愁感にかられるようになったのかもね。



そして2日連続ららみゅうに到着(笑)
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祝日の前日(5月2日)だけあってか、同じ平日でも昨日より人が多かった。
地元ナンバーだけじゃなく、他県ナンバーが多いのを見て
元地元民としてホッとしちゃった。



そして約4年ぶりにミカと再会。
・・・が!肝心な写真を撮り忘れた(爆)
でも、店内をぶらぶらしつつ、港を歩きながらとりとめもない話をした。
震災の時の話やら現況やら共通の友達の近況やら。
高校時代の友達って、気がつけばもう20年のつきあいで
一緒に過ごしたのはその中でたった3年間。
しかも残り17年は私はいわきを離れているし、
ということを考えると、お互い、どれだけ相手のことを深く知っているんだろう、
とも思うけど、でもそこはべったり付き合わなくてもお互い感じ取れる心地よい空気が
存在しているのだと思います。
16歳から36歳って一番激動の時期で、その間の山あり谷ありの人生を
お互い遠くから見守っている、という感覚があるからかな。
たまにしか帰らない故郷ではあるけれど、自分を待っていてくれる友達がいるというのは
ありがたいことだと思う。
また来年以降、帰省する時には地元の友達に会いたいな(^^)



そうそう、ミカにもらったいわき土産。
長久保のしそ巻は外せない!
私が買うか迷ってたら買ってくれました(笑)
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あとミカお勧めのとまとランドいわきのトマトジュースとゼリー。
ジュースはまるでミキサーで作った直後のようにうまかったー!
トマトゼリーってのも初めて食べたけどあっさりしてておいしかった。
今はこんないわき土産もあるのねぇ。



2時間ほどららみゅうで過ごし、祖母宅に帰ると
ダンナ、はるぼう、ひよりんは寝ていました(笑)
しばらくしてみんな起きた後、兄からの差し入れ、甘エビのお刺身をいただく!
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実は私が刺身で一番好きなものは甘エビ。
確か兄もそうで、妹もそうだったかなー?
なんせ、エビ好きで育ったのだ!
山梨では新鮮でこんな大量の甘エビに出会えることはまずないので
お腹いっぱいいただきました(^^)



ひいばあちゃんに当たる祖母の膝で遊ぶひよりん。
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この2人の歳の差、90歳!



最後は記念写真。
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ダンナはカメラマンなので写ってないけど(^^;
おばーちゃん、いつまでもお元気でいてください。



そして、夕方5時くらいに祖母宅をあとにし、
今晩のお宿、湯本温泉に向かう。
湯本温泉は江戸時代から続く宿場街で、いわきの中でもやや高級なイメージなのよね。
実際お値段設定も高い。
でも、震災から1年後ということもあってか、湯本1老舗の松柏館という旅館が
「がんばっぺ福島  福島応援プラン1泊2食1万円!」というのを設定してあったので
こちらでお世話になることにしました。
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雨だったので、サイトの写真を転用しました☆
老舗というから古いイメージがあったけど
ロビーは古いというより趣のあるロビーだったし
部屋も砂壁じゃなくてしかも12畳もあったから大満足でした♪



はるぼう、坊主頭だけあって子供浴衣が似合いすぎる♪
ひよりんも着たがったので、私の分の女性大人用を着せましたが
お腹の部分が折り過ぎてお相撲さんのようになっています・・・(^^;
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あ、今年は2人とも七五三ね♪ 



さて、夕飯。
大人の料理は懐石料理で、そりゃーうまかった!
祖母宅でややお腹がいっぱいになっていたので
たくさんの量はなくてもいいから、おいしいものを食べたい、という
今の欲求にちょうど合うものでした♪
はるぼうのお子様料理も、味見したけどおいしかったなー。
お子様料理のハンバーグなんて、よくレトルトっぽいのが多いけど
ここはいかにも手作りハンバーグの味で、中にとろけるチーズまで入ってて
大人が食べてもとってもおいしいハンバーグでした。
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しっかし、ご飯食いなはるぼう、
ご飯をきれいに平らげたのはいいが全然ハンバーグとかおかずを食べない。
その代わり肉食女子のひよりんが肉系をもりもり食べていたので
この2人は1人分頼めばちょうどいいバランスで食べてくれます(笑)



食事の時、仲居さんから子供向けサービスとしてもらった駄菓子セットの中に
紙風船が入っていたのでそれで遊ぶはるぼう。
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うーん、まるで座敷わらしのようだ(笑)



ひよりんは帯で、持ってきた人形をおんぶしています。
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まるで丁稚奉公の少女が赤ん坊をあやしているみたいだ。
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ここにも昭和を感じる(笑)




温泉は質もよくて、硫黄のにおいがこれぞ温泉!と感じる湯でした。
そういや山梨の温泉ってあまり硫黄くさいところはないなぁ。
高校時代は湯本温泉に近いY高校で山岳部だったので
たまに山から下りて部室に装備を置いた後、
先輩達と温泉に行ったなぁーと懐かしい記憶を思い出しました。
駅の近くに100円ぐらいで入れる温泉があったのよ。
それが95年に温泉街に移転して
立派な共同浴場「さはこの湯」になったと聞いた。
それでも入浴料220円。安いよねー。

湯本温泉は1900年の歴史を持ち
愛媛の道後温泉、兵庫の有馬温泉とともに「日本三古泉」とよばれ
戦国時代には別所温泉、秋保温泉とともに「三大名湯」とよばれたらしい。
そして江戸時代には浜街道唯一の温泉宿場として栄え
年間2万人の浴客でにぎわったとか。
明治期になると、石炭採掘が大規模で行われ、
抗内にあふれる温泉をくみ上げたので温泉面の低下をまねき
大正期に枯渇した時期もあった。
しかし昭和に入ってからまた新たな源泉を発掘し
石炭産業が斜陽した昭和40年代後半に閉山と同時に
炭鉱会社が企業転換としてあふれる温泉を利用した
常磐ハワイアンセンター(現スパリゾートハワイアンズ)を設立した為、
時代に翻弄されながらも湯本温泉は今に続き、
にぎわいを保ち続けているのである。。。
映画フラガールで知っている人も多いと思うけど
ハワイアンズの初期の踊り子達は、みんな炭鉱夫の娘や妻だったのよね。
当時、ビキニ姿で腰みのつけながら人前で踊るのって
かなり抵抗があったはず。
日本各地で石炭閉山が相次ぎ、さびれていく街が多かったなかで
会社は思い切った転換を図り従業員やその家族も腹をくくって着いて行ったからこそ
湯本は廃墟化しなかったんだろうな。
寒い冬、ハワイアンズ内にあるヤシの木や南国の木が寒さで弱りそうだった時、
地元の人達が当時貴重な石油ストーブを提供してその危機を乗り切った話は
実話であります。



福島に観光に来る際にはいわき湯本温泉、ぜひご利用ください♪
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by say-na | 2012-05-09 15:13 | おでかけ

2日目は2年ぶりに小名浜の祖母宅に行き
そこで母、兄、伯父伯母、叔母とお昼を一緒に食べることになっていました。
宿を出てから直で行くにはちょいと早いので
せっかくだし、どこかに寄る事に。
宿で松ヶ丘公園のパンフを見て、平にいることだし
30年ぶりぐらいに行こうかと思ったけど
行ったら子供達が公園の遊具に釘づけで長居しそうだし、
どうしようかな~と鹿島街道を小名浜方面に向けて車を走らせてたら
目に入ったのが『塩屋崎灯台』の看板。

「そうだ、子供達はまだ灯台を見た事がないから見せてあげよう。
数年前に行った時は母と兄と登ったなぁ~」
なーんて考えながら、標識の道案内を見ながら進む。
しかし、あの灯台のふもとである薄磯、豊間はいわきの中でも
津波の被害が最も甚大だった地域・・・
内心緊張しながら灯台に向かったのでした。


街中を走る分には相変わらずのどかな風景であったが
新舞子過ぎた後、海岸線に出たらそこは別世界であった。
住宅があった一帯がすべて家の基礎のみを残して何もない。
2階部分を残し、壊れたままの家も数軒あった。
まだ斜めになっている電柱もある。
海に面している豊間中の裏には山のように瓦礫が積み上げられている。
なんとも言葉が出ない・・・
しかし、助手席に乗っているはるぼうも驚いていたようだったので
自分の動揺をかき消すかのように
「ここねー、昔津波が来てお家が壊れちゃったとこなんだよー」
「ここはちょっとひどいなぁー」
なんて、妙に饒舌になりながら目の前に見えてきた灯台に向かったのでした。
途中、パトカーともすれ違ったから定期的にパトロールに来ているんだろうな。



塩屋崎灯台の駐車場とお土産屋さんは無事で車を止めることができた。
ここは美空ひばりの石碑があって、近づくと歌が流れるという
一応いわきの名所になっております。
はるぼう、石碑からいきなり歌が流れてびびっておりました(笑)




塩屋崎灯台は明治32年にでき、長きに渡って海の安全を守ってくれる
いわき沿岸部のシンボルのような存在です。
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断崖絶壁に立つ白亜の灯台。
日本の灯台50選にも入っているそうです。




いざ、階段に近づいてみると
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震災による地盤と階段の崩落の為、立ち入り禁止になっていました。
残念。
でもあの津波の爪跡を見たばかりだから、納得。
灯台自体も、揺れでライトの部分が損傷したらしく
復活したのは9ヶ月後の去年11月だったとか。




灯台は登れないし、美空ひばりの石碑だけじゃ時間もつぶせないし、
砂浜のほうに降りてみることにした。
 
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穏やかな海です。




はるぼうと貝殻探ししている間に、
いつの間にかひよりん、砂遊び開始(笑)
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これからおばーちゃんち行くのに砂だらけじゃないかよっ。




無邪気に貝殻を拾う子供達を見て、
この砂浜も震災直後は瓦礫の山ですごかったんだよな・・・
と思い出しました。
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去年のGWはサーファー達がボランティアで
砂浜の瓦礫撤去作業をしてくれてたのを当時何かの記事で読みました。
おかげできれいな砂浜でした。



駐車場を出てから主要道路に出るまでの道のりも
周りの家がなくなってるからどこが道路でどこが敷地なのかが
ちょいとわかりにくかった。
でも豊間海岸に行く時によく寄っていたセブンイレブンが営業を再開しているのを見て
なんかうれしかった。




この日はその後、小名浜の祖母宅に行きましたが
気分を変えて、後編で綴る事にします。


************************************


余談として、山梨に帰宅後、手元にある東日本大震災のいわき市の写真集を見てみた。
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左写真:海岸へ続く道路の色が違うと思ったら、
こんなに陥没してたから舗装したのか。
そういや震災1ヶ月後にここを見に行ったmamiが
陥没した道路の切れ目は人が2人分縦に入るぐらいの深さだった、
という生の声を聞かせてくれた。




写真奥に見えるのが塩屋崎灯台。
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こういう写真を見ると、「辛い写真は見たくない」という人もいるけど、
私は、こんな絶望的な状況からよくぞここまで瓦礫がきれいに片付いたなと感心した。
でも、他人は瓦礫とはいうけれど、そこには生活してた人がいて
思い出もぬくもりもあった場所で、住人達にとって『瓦礫=ゴミ』とは違う。
重機を使って壊された家や道路を埋め尽くす瓦礫を片付けるのは
結局は機械ではなく心がある人間が運転するので
どんな気持ちで作業したんだろうとか、
こんな圧倒的な瓦礫を、よくぞ1年でここまできれいにしてくれたもんだなと
復興作業に当たった人々に改めて感謝の念が生まれた。
そして、ここの住人達はどこに行ったのだろう・・・と
残された基礎だけを見て思ったが、
海に面している場所に新たに建築中の家を見てたくましさも感じた。



これからも故郷の復興を見守っていきたい。
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by say-na | 2012-05-08 00:16 | おでかけ

毎年GWにいわき帰省するのが我が家の慣習でしたが
去年は東日本大震災からまだ2ヶ月しか経っておらず
子連れ帰省だと原発やら1日数回はある余震の影響が心配だったので見合わせ
今回、実に2年ぶりに故郷に帰省したのでした。

<5月1日>
はるぼうは幼稚園だったけどGW渋滞に巻き込まれるのが嫌なので
お休みしちゃっていざ出発~!
中央道~首都高は平日でもそこそこの車があったけど
常磐道に入ったらガラッガラにすいている・・・
たまーに前後の遠くに車の影が見えるぐらい。
常磐道の先は警戒区域行きではあるから
帰省する人やお仕事以外で常磐道北上する人は少ないんだろうな。
高速は旦那に運転をお任せしたけど、
どうやら以前より道路がうねっているのを感じたようでした。


常磐道が空いてたので、予想より早く、勿来インターに2時半には着きそう。
そこで関本PAで運転を交代し、
福島に入ってからは私が運転~♪
ナビいらずでどこにでも行けちゃうもんね~♪
あ、小名浜、平限定だけど(^^;


帰省すると必ず立ち寄る小名浜港のららみゅうに行きました。
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うわー、津波で破壊された1階の店舗や粉々に砕け散った窓も復旧し
魚屋さんも威勢よく営業してる!
小名浜育ちの私はこの魚と潮のにおいをかぐと「帰って来たー!」
と実感するのよね。
まだ福島では漁業はできないので地元の魚は扱ってないけど
魚屋さんが再び営業してくれてるのを見てなんかうれしくなりました。



ここ!帰省前にららみゅうのサイトを見たら、
4月に屋内遊技場オープンとあったので、
時間があったら連れてこようと思ってたのよね~♪
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津波被害を受けて、テナント数が減ってしまったからこういう施設を誘致したんだろうけど
線量の低いいわきでも、公園で小さい子を遊ばせるにはちゅうちょする親もいるだろうから
観光がてら、子供ものびのび遊べる施設ができてよかったな♪



ボールプールあり、トランポリンあり、2人とも汗だくで遊んでましたー。
高速の移動も座りっぱなしで疲れちゃうから運動できてよかったねー。
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ちなみに、入場料は100円で、平日は90分、土日祝は50分利用できます。
時間ごとに入れ替え制なので人があふれすぎることはないけど
その分、半端な時間だと短時間になったり、次回分まで待つようになるのかも。
うちは40分遊んだけど、旅の途中だと思えばちょうどいいかな。




その後ららみゅうの2階へ。
市民ギャラリーとして、東日本大震災の写真展示と
海保が撮影した津波の映像を流してました。
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この写真は小名浜港周辺。
見慣れた場所が水に浸かっているのはいまだ現実とは思えない。
私は高校時代までここから歩いて15分陸のほうに住んでたけど
まさか地元に津波が来るなんて考えたこともなかった。
そして、いわき帰省のたびによく泊まっていた港近くの旅館は塀だけを残し
建物がなくなっていました・・・
その隣の旅館は休業中ながらも建物はかろうじてあったので
たぶん、津波の被害を受けて、営業をあきらめて建物を取り壊しちゃったんだろうな。
お世話になった女将さんはどこに行ったんだろ・・・
なんともせつない。



さて、小名浜を後にし、着いたのはいわき駅。
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車やバイクで帰省するとなかなか駅前なんていかないから
こんなにきれいになってたなんて知らなかったー!
高校の頃よく愛用した駅ビルヤンヤンは数年前取り壊され、
かわりにラトブという複合施設ができたのよね。
初めて見たー。



そしてお宿は駅前のホテルセレクトイン。
唯一の和室に空きがあり予約できたのでした。
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ここの1階は昔マックが入ってたのに、ファミマに変わってて
時代の流れを感じた・・・
それでも私が5、6歳の頃そのマックに入った記憶があるから
このホテルもけっこう古いです。
でも古いながらも布団は新しかったり、部屋もユニットバスも広かったり
夕食朝食もついて安かったのでこれはこれでいいかも♪



そして夕食というのは、2つ隣のビル内にある居酒屋で刺身定食をいただく、
というものでした。
店内に入った瞬間、
「あ、ここ昔飲みに来たことがあったわ」
と思い出しちゃった。
もう18年前の記憶だけど店内の風景を見てフラッシュバック。
店名が変わってて入るまでわからなかった。
このビルに入っている映画館も高校時代に何度か通ってたな。
ホイットニーの「ボディガード」を見た記憶があります(^^)


子供達には焼きそば、唐揚げ、枝豆を別に注文し、
私は追加でメヒカリの唐揚げを注文~。
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これを食べなきゃいわきに帰って来た実感は味わえない。
でも今いわきでは漁獲禁止でメヒカリは捕れないので
たぶん高知とか宮崎のだと思う。
それでもおいしかったー。



小名浜港といわき駅を見る事ができ、念願のメヒカリも食べ
すでに目的を達成した気分になった1日目の夜でした。
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by say-na | 2012-05-06 00:24 | おでかけ